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ALADJINを聴覚障害児教育の領域から読み解く

基調講演

福島 邦博 先生(岡山大学医学部 耳鼻咽喉科)
福島邦博先生の写真

福島邦博先生

図1(クリックで拡大)

福島邦博先生図1

 

図2(クリックで拡大)福島邦博先生図2

 

図3(クリックで拡大)

福島邦博先生図3

 

 私の仕事は耳鼻科の医師です。岡山には「かなりや学園」という難聴幼児通園施設があります。ここで長い間、嘱託を兼任していました。難聴のお子さんとの付き合いも、15年以上になります。

 私は耳鼻科医ですが同時に、難聴の原因になる遺伝子についての遺伝医学にも深く関わっておりました。アメリカでは、遺伝子の研究がとても進み、膨大な研究費の5%は倫理の問題に必ず費やさなければならないというルールができています。そのために、遺伝医学に関連した倫理原則がとてもしっかり作られております。一番大切にしています問題は個人のオートノミーに対する尊重です。オートノミーは、個人の自己決定権を尊重する、何がなんでも尊重する考え方です。医療技術について正確な情報を提供し、本人が最善の選択ができるようにしようという、これがオートノミーの基本的な考え方です。

 私自身は遺伝医学だけでなく人工内耳に対しても同じ考えで進めています。医療者として私たちができることは、その能力について、きちんと証拠に基づいて説明をすることです。こういうふうになれば、こんな風な展開になるということをちゃんと説明していく。その上で選択してもらうのが、一番大切なのではないかと思っています。

 

 言語についてが、今回の大きなテーマです。

 言語は何のために使うか。1つは人とのコミュニケーションをとるために使うのが原則です。友達を作るなど、本人が広いネットワークを作るために必要とされる言葉の力。もう1つは学習のための言語力。戦略研究のターゲットの言語の使い道は、コミュニケーションと学習です。

 その評価をするためには、どうやって切り分けるか。報告書に何度も出てきますが、ドメインごとにわけることです。イメージしやすい言語の評価法は、英語のテストですね。英語のテストがあると、1番最初は、発音。次くらいには、単語テスト。そして文法テストがきます。次に長文読解。長文読解にも2つの言い回しがあり、長文を理解するほうをリテラシー、長い文章をいくつかつなげて、言いたいことを相手にぶつけることを談話といいます。談話とリテラシーの2つがあります。

 英語のテストで、1問ずつに違う側面をみるのと同じように、日本語の力を側面毎に見ましょう、これがドメイン別評価の基本的な考え方です。

 ALADJINは日本語だけを対象としています。手話を多くの施設で同じように評価することが、現実としては難しかったからです。私の知っている限り標準化された日本語手話評価法というのが、今の日本語にはありませんでした。

 では結果について説明します。まず、日本の現状です。聴覚障害児の60〜70%のお子さんは、日本語の理解力が十分でないままに日本語による授業を受けている可能性があります。これが今回の結果で、このまま小学校卒業に至る場合が多い。これで本当にいいのかを問い直したいと思います。

 聞こえる子どもたちの場合は、8〜9歳で8割方が日本語の文法理解ができるようになります。聞こえない子供の場合、補聴器の子に比べて、人工内耳の方が早く構文を獲得しています。つまりシンプルな文章なら文法的な問題もあまり問題がありません。しかし遅れて獲得される構文、受け身や関係代名詞などちょっと難しい文法の場合、補聴器でも人工内耳でも同じように、ゆっくりになっていることがわかります(図1・PDFが開きます)

 聞こえる子どもたちの場合は、だいたい6〜8歳の多くの子どもたちが複雑な文章ができるようになります。聞こえない子どもたちの場合は、それが10〜11歳となり、遅れているという結果が出ています(図2・PDFが開きます)。この状況の中で、本当に日本語による授業をこのまま受けさせていいものかという問いかけになります。問題が生じている理由です。

 日本語の理解力が判断できないために、見過ごされてしまっている可能性はないでしょうか。サポートが必要だとはっきり見えるようになれば、適切なサポートができるのではないでしょうか。

 聴覚障害児を言語発達のスコアで分けると、すごく良い子、すごい悪い子、真ん中のグループ、と3つにわかれます。そうなると、グループとして気になるのが、真ん中のお子さん。おしゃべりが真ん中くらいできるお子さんが、その他のテストの結果がどうかを見ます。理解に関しては、中間群と下位群の間に、ほとんど差がないことがわかります。つまり、中間群はそれなりにしゃべることはできるが、きちんと理解していないお子さんがこの中に含まれると考えます。日本語を理解しているかどうかは、その後の学力に影響を与え、こういう真ん中のグループが9歳の壁を越えられず、学力的にとても厳しい思いをすることが読めてくると思います。

 で、どうすべきか。もしもこれが見過ごされている子どもたちなら、言語領域別の分析をします。少なくともその子どもがどんな困り具合につながるのか推測する手立てになります。手助けが必要な子はいますが見えにくい。特に中間群でぱっと見、友達や家でも何となくうまくやっている、でも本当は理解していない子がいる。それは見えないのです。

 そんな子どもを適切に検出するためには、ALADJINの評価が必要です。

 文法の問題は、8歳の段階では一度検査が必要です。日本語で授業を続けるなら、この時点で本当に一通り身についているか、チェックする必要があるし、もしこの段階で遅れが明白ならぜひてこ入れすべきだと思います。語彙は、年齢が上がるにつれ、どんどん増え、小学校の間は少なくとも増え続けます。定期的なチェックが必要で、できれば毎年やって、本当に大丈夫かチェックすべきだと思います。和語と漢語、やまとことばとからことばですが、漢語になるほど抽象的で難しくなるので、具象的な言葉がわかるからと言って安心しきらないこと。これも、ろう・難聴研究会からずっと思っていることです。

 助詞についても語彙の一部として検討すべきと思います。談話能力についても小3くらいにはチェックが必要です。小2〜3の間で、日本語がどれぐらい身についているか一度チェックする必要があるというのが、戦略研究からのタイミング的な点での提言です(図3・PDFが開きます)

 戦略研究の中では、症例対照研究に加えて介入研究も行っています。これは指導プログラム手順書があります。マニュアルをつくり、それにそった言語指導を行ったら、それで日本語が順調に伸びたかを検討しているものです。その流れです。言葉の発達に遅れがありそうであれば、まず最初にALADJINの日本語の評価、アセスメントを行い、語彙、統語、談話、語用の4つに分けてチェックします。そして指導プログラム手順書をやり、語彙のてこ入れをやり、最終的な設問を行い、どれだけことばが伸びたか調べます。6ヵ月間に12回やります。

 事前、事後で比較しました。6ヶ月間の指導をしたとき、始める前、後とシンプルに比較すると、片っ端から値として優位に言語発達が伸びていることが分かります。大雑把に見て、基本的サポートがあるだけのときと比較し、4倍くらい効率的にスコアが伸び得ていることが示されていると思います。指導を受けた子供たちは、半年でめざましい進歩を示し、親御さん、先生が見てもずいぶん違うという結果でした。どういう指導法をするのが良いかを比較していくためにも先ず評価方法を確立することが、今の日本で必要とされる要件ではないかと思います。

 私たちとしては、ALADJINという名前をつけた、日本語をそれぞれのドメイン毎に評価する方法を先ず皆さんに届けることが、最初のステップとして大切だと思っています。どう使っていけばいいかの冊子を作っています。本は無料で、入手ができます。テクノエイド協会までご連絡くだされば、入手できます。読んでいただき、是非広い範囲で利用していただければと思います。