相模原事件を考える
福島教授の思い
2016年(平成28年)7月26日、神奈川県立の知的障害者福祉施設「津久井やまゆり園」で大量殺人事件が起き、19人の入所者が亡くなりました。日本中に大きな衝撃を与えたこの事件について、福島教授が何を思い、危惧するのか紹介します。
◆ 人間の尊厳 否定された 文=福島智
(毎日新聞/2016.7.28/夕刊 1面(政治面)に掲載)
◆ 相模原障害者施設殺傷事件に潜む「選別」と「排除」の論理 文=福島智
(寄稿:「生きたかった――相模原障害者殺傷事件が問いかけるもの」(藤井克徳・池上洋通・石川満・井上英夫(編) /大月書店/2016.12)
◆ 障害者襲った大量殺人 現代社会の写し鏡ではないと否定できるのか
https://www.buzzfeed.com/sakimizoroki/sagamihara-prof-fukushima-interview
(BuzzFeed Newsウェブ版 2016年8月16日)
津久井やまゆり園の前の献花台。いくつもの花束が供えられていた。
人間の尊厳 否定された
障害者襲った「二重の殺人」
「重複障害者は生きていても意味がないので、安楽死にすればいい」。多くの障害者を惨殺した容疑者は、こう供述したという。
これで連想したのは、「ナチス、ヒトラーによる優生思想に基づく障害者抹殺」という歴史的残虐行為である。ホロコーストによりユダヤ人が大虐殺されたことは周知の事実だが、ナチスが知的障害者らをおよそ20万人殺したことはあまり知られていない。
一方、現代の世界では、過激派組織「イスラム国」(IS)の思想に感化された若者たちによるテロ事件が、各地で頻発している。このような歴史や現在の状況を踏まえた時、今回の容疑者は、ナチズムのような何らかの過激思想に感化され、麻薬による妄想や狂気が加わり蛮行に及んだのではないか、との思いがよぎる。
被害者たちのほとんどは、容疑者の凶行から自分の身を守る「心身の能力」が制約された重度障害者たちだ。こうした無抵抗の重度障害者を殺すということは二重の意味での「殺人」と考える。一つは、人間の肉体的生命を奪う「生物学的殺人」。もう一つは、人間の尊厳や生存の意味そのものを、優生思想によって否定する「実存的殺人」である。
前者は被害者の肉体を物理的に破壊する殺人だが、後者は被害者にとどまらず、人々の思想・価値観・意識に浸透し、むしばみ、社会に広く波及するという意味で、「人の魂にとってのコンピューターウイルス」のような危険をはらむ「大量殺人」だと思う。
こうした思想や行動の源泉がどこにあるのかは定かではないものの、今の日本を覆う「新自由主義的な人間観」と無縁ではないだろう。労働力の担い手としての経済的価値や能力で人間を序列化する社会。そこでは、重度の障害者の生存は軽視され、究極的には否定されてしまいかねない。
しかし、これは障害者に対してだけのことではないだろう。生産性や労働能力に基づく人間の価値の序列化、人の存在意義を軽視・否定する論理・メカニズムは、徐々に拡大し、最終的には大多数の人を覆い尽くすに違いない。つまり、ごく一握りの「勝者」「強者」だけが報われる社会だ。すでに、日本も世界も事実上その傾向にあるのではないか。
障害者の生存を軽視・否定する思想とは、すなわち障害の有無にかかわらず、すべての人の生存を軽視・否定する思想なのである。私たちの社会の底流に、こうした思想を生み出す要因はないか、真剣に考えたい。
文=福島智
※ 毎日新聞/2016.7.28/夕刊に掲載
福島が持参した花束。白い花10種類、淡い花9種類。
19人全員がかけがえのない存在というメッセージを込めた。
相模原障害者施設殺傷事件に潜む「選別」と「排除」の論理
一九種類の献花
ユリの甘い香りがします。菊のひかえめな香り。カーネーションの明るい香りも……。そっと手でふれると、いくつもの花束が、献花台に供えられていました。
神奈川県相模原市にある知的障害者施設「津久井やまゆり園」の正門のそばです。二〇一六年八月二六日の午後でした。残暑の日差しは強く、気温も三〇度を超えているようです。
そのときの私の服装は黒のスーツの上下とネクタイ姿でしたので、体は熱く、汗にまみれています。それなのに、気持ちはシンと静まりかえり、空っぽの心を冷たい風が吹きぬけていくようでした。
私も持参した花束を供えます。リンドウ、トルコキキョウ、カラーといった白色系の花が一〇種類。それに薄いグリーン系のスプレー菊、カーネーション、ケイトウ、紫のバラなど、淡い色が九種類。私には花の種類のことなどわかりませんが、「白の花で一〇種類、淡い色で九種類。一九種類の違う花で花束を作ってほしい」と、最寄りの高尾駅そばの花屋に事前に頼んで準備してもらいました。
ちょうどひと月前の七月二六日未明、この施設で刃物による大量殺傷事件が起きました。死者一九人、重軽傷者二七人という戦後最悪の惨劇です。亡くなったのは、一九歳から七〇歳までの女性が一〇人と、四一歳から六七歳までの男性が九人。一九人全員が知的障害者、および知的障害に他の障害も併せもつ重度の障害者でした。
亡くなった一九人がたまたま重度の障害者だったのではありません。容疑者の供述や職員の証言などから推測されるのは、「意思の疎通に困難をともなうような重度の障害者」であるからこそ選択的に殺害した、という経緯です。
亡くなった人たちの氏名は公表されていません。性別と年齢の幅がわかるだけです。それはあまりにも悲しすぎることです。どんなに障害が重くても、一人ひとりの被害者にはそれぞれ異なる体験があり、人生があったはずです。
たとえ通常の意味での言葉のやりとりが難しくても、表情の変化やちょっとしたしぐさ、視線の動きなどで気持ちは周囲に伝わるものです。彼ら、彼女らはみな、好きな人や楽しい時間、嫌なことについて、表現していたに違いありません。そして、周囲の人やご家族にとって一人ひとりがかけがえのない存在だったはずです。
一九人全員が、それぞれ異なる個人です。そう思い、せめて供える花だけでも別々のものにしたいと考え、女性向けに白い花を一〇種類、男性向けに淡い色の花を九種類、準備したのでした。
犯行を構成する三つの要因
ところで、一般に犯罪行為が成立するためには、次の三つの要因が関連するといわれます。第一は、「容疑者に犯行の動機があること」、第二は「犯行を実行するための手段や能力を容疑者がもっていること」、そして第三は「現実に犯行におよぶための機会が容疑者に与えられていたこと」の三つです。
では、これら三つの要因を、今回の事件に当てはめるとどうなるでしょうか。
まず、もっとも重要なのは、第一の要因である「動機」です。
「重度の障害者は生きていていも仕方がない。安楽死させたほうがいい」
こうした意味のことを、植松聖(さとし)容疑者は、かつて自身も働いていた津久井やまゆり園の職員など周囲の人たちに語っていました。さらに警察でも同じ趣旨の供述をおこなったとされています。にわかには信じがたいような「動機」ですが、犯行から三カ月以上が経過した現時点でも、当初社会を震撼させたこの「動機」についての報道は否定されていません。これについては、また後で詳しく検討します。
次に、「手段」についてはどうでしょうか。植松容疑者はハンマーや複数の刃物のほか、職員を縛るための結束バンドを用意するなど周到な準備を整えています。しかも、そもそも犯行現場となった施設は、自分がかつて働いていた職場です。したがって、建物の配置や内部の構造なども熟知していたと思われます。つまり、犯行のための「手段」は十分にもっていたわけです。
そして、「機会」。植松容疑者は、四六人の障害者らを殺傷するのに、約五〇分しかかけていなかったとされます。なぜ、このような短時間に、これほど多数の障害者を殺傷する「機会」が彼に与えらえたのでしょうか。そのもっとも大きな理由は、犯行現場が大規模な「入所施設」だったということにあるでしょう。当夜も、およそ一五〇人の入所者がいたといわれています。つまり、近接した場所にこれほど多数の重度障害者が密集して生活しているという状況自体が、今回のような犯行の「機会」を容疑者に提供したという点は否定できないでしょう。
その意味で、重度障害者が大規模施設で生活するのではなく、地域の小規模なグループホームや居宅で安心して暮らせるようにすること。そうした社会をつくることが、今回のような犯行を防ぐうえで大切な取り組みになると思います。
事件直後の私の思い
二〇一六年七月二六日。このころ私は、以前発症した「適応障害」(うつ症状)が再発して、病気療養をしていました。
そして、ちょうどこの日の午前中は、自宅からかなり離れた場所にある病院の精神科を受診していました。午後帰宅して、点字対応のパソコンでメールを確認していると、知人たちのメールの中に気になるフレーズがありました。
「今朝の事件」「相模原の障害者施設での惨事」……。
何があったのかと思い、ネットニュースを読んで、戦慄(せんりつ)しました。すぐに大学の私の研究室にメールして、新聞やテレビ、ネット上のニュースやSNSへの書き込みなど、可能な限りの情報を入手してくれるようにスタッフたちに頼みました。
たいへんな事件が起きてしまった。なぜ、こんな恐るべき犯行が起こりうるのか。私たちは、私は、いったい何をどうすればよいのか……。もともと体調の影響で夜の寝つきが悪かったところに、この事件のことが心の中で渦巻き、その日の夜は眠れませんでした。
そして翌七月二七日の明け方、毎日新聞社の旧知の記者に、私のまとまらない思いをメールしました。すると「紙面に掲載したい」との返事があり、担当の記者を紹介してくれました。
それから、その日(二七日)は深夜まで担当記者とのやりとりと、研究室スタッフに集めてもらった資料を読む作業とを同時並行に、あるいは交互におこないました。
七月二八日、「毎日新聞」夕刊に掲載された私の寄稿(インターネットでは二八日一三時一四分配信)は、次のような書き出しです。
――「重複障害者は生きていても意味がないので、安楽死にすればいい」。多くの障害者を惨殺した容疑者は、こう供述したという。
これで連想したのは、「ナチス、ヒトラーによる優生思想に基づく障害者抹殺」という歴史的残虐行為である。ホロコーストによりユダヤ人が大虐殺されたことは周知の事実だが、ナチスが知的障害者らをおよそ二〇万人殺したことはあまり知られていない。――
ここまでは植松容疑者の供述として伝えられている内容と、そこから私が連想したことの記述です。なので、私の草稿のままで、ほぼ問題がありませんでした。しかし、その次の部分で、担当記者やデスクと私とのあいだで少しやりとりが生じました。
というのも、植松容疑者の犯行動機とナチス・ヒトラーの思想や行為とを直接的に結びつけるような、かなり強い調子の推測を、私が草稿で書いていたからです。
新聞はできる限り正確な事実の報道をめざす媒体です。たとえ寄稿とはいえ、まだ確認されていないことを断定的な調子で記述するのには抵抗があったのだと思います。
今から考えれば、それはもっともな判断だと思えるのですが、そのときの私の思いとしては、「障害者は安楽死させたほうがよい、などという発想は、まさにナチス・ヒトラーの考え方に通じる。容疑者は、どこかでナチスに感化されたのではないか」というものでした。それで、表現をややぼやかすようにしつつ、しかし「ナチス・ヒトラー」との結びつきを記させていただきました。その結果、寄稿の続きは次のようになりました。
―― 一方、現代の世界では、過激派組織「イスラム国」(IS)の思想に感化された若者たちによるテロ事件が、各地で頻発している。このような歴史や現在の状況を踏まえた時、今回の容疑者は、ナチズムのような何らかの過激思想に感化され、麻薬による妄想や狂気が加わり蛮行に及んだのではないか、との思いがよぎる。――
当事者たちの思い
ところが、私のこの「思い」は、最悪のかたちで的中してしまいます。
二八日の夕刊が配られるのとほぼ同じころ、NHKなど一部のメディアで「植松容疑者は二月に措置入院した際、『ヒトラーの思想が二週間前に降りてきた』と話していた」という驚くべき報道がなされ、翌日には各メディアもいっせいにそれを報じました。ナチス・ヒトラーの思想の影響を、これほど明確なかたちで容疑者自身が供述するなどとは予想もしていなかったので、私は背筋の凍りつく恐怖感に襲われました。
盲ろう者である私は、視覚と聴覚に障害のある「重複障害者」にほかなりません。一人で外出することはできないので、通訳・介助者と呼ばれる支援者に同行してもらいます。その多くは女性です。もし今回のような凶器を携えた容疑者の標的にされたなら、私も支援者もともに殺傷されかねません。
私の障害のある知人たちはみな、等しく今回の事件に恐怖と不安を感じるとともに、憤(いきどお)りを覚えると訴えています。たとえば、電動車いすを使っているある友人は次のように話しました。
「私たちが街を安全に移動するためには、バリアフリー化などの環境面での整備も必要ですが、それ以前に、道ゆく人々に対する信頼が不可欠です。今回の事件によって、そうした他者への根本的な信頼の土台を打ち砕かれてしまったような思いに包まれます」
逆に、植松容疑者に精神科への措置入院の経験があることから、精神疾患や精神障害をもつ人たちのなかには、自分(たち)が植松容疑者という加害者の側と同一視されかねないという恐れを抱いている人たちもいます。また、精神医療の役割や精神保健福祉の取り組みが、「防犯」施策と直接接続されて、その結果、精神障害者の地域社会からの排除や、「社会防衛的な管理体制」の強化につながるのではないか、という強い懸念も広がっています。
事件後、政府がとりまとめを急ぐ「対策」の検討過程や審議の内容を見る限り、こうした「恐れ」や「懸念」は決して杞憂とは言えないことが明らかとなりつつあります。
事件発生からちょうど一週間経過した八月二日。軽度の知的障害のある三〇代の女性から、私は次のような内容のメールをもらいました。以下、一部、読点を補いましたが、そのほかは原文のままです。
「お久しぶり、お元気ですか? 本当に私、相模原事件について、私かなりつらいです。 植松氏、言葉、手紙、私、障害者いらない言葉、心壊れます」
衆議院議長への容疑者の手紙
さて、この知的障害のある女性が「手紙」と書いているのは、植松容疑者が大島理森(ただもり)衆院議長宛てに書いたものとして、複数のメディアで紹介された手紙のことでしょう。容疑者は二〇一六年二月、衆院議長公邸にその手紙を持参したとされています。以下は二〇一六年七月二七日、「東京新聞」朝刊に掲載された、その手紙の内容の一部です(表記は原文のまま)。
(前略)私は障害者総勢四七〇名を抹殺することができます。
常軌を逸する発言であることは重々理解しております。しかし、保護者の疲れきった表情、 施設で働いている職員の生気の欠けた瞳、日本国と世界の為と思い、居ても立っても居られずに本日行動に移した次第であります。
理由は世界経済の活性化、本格的な第三次世界大戦を未然に防ぐことができるかもしれないと考えたからです。
私の目標は重複障害者の方が家庭内での生活、及び社会的活動が極めて困難な場合、保護者の同意を得て安楽死できる世界です。
重複障害者に対する命のあり方は未だに答えが見つかっていない所だと考えました。障害者は不幸を作ることしかできません。(後略)
この後、植松容疑者は「作戦内容」と称して、「職員は結束バンドで身動き、外部との連絡をとれなくします」「抹殺した後は自首します」などと、きわめて冷静に書いています。そして、ほぼその「作戦」通りに犯行におよんだのです。
植松容疑者のこの手紙の内容は、言うまでもなく、容認できるようなものではありません。非常に偏った、しかも、きわめて非人間的な主張です。
しかし見逃せないのは、「常軌を逸する発言であることは重々理解しております」と、みずからの主張の「異常さ」を彼が自覚している点です。さらに、その後に続く「(重複障害者の)保護者の疲れきった表情、施設で働いている職員の生気の欠けた瞳」という表現にも留意すべきだと思います。なぜなら、みずからの犯行が、あたかも保護者や施設職員のためにおこなう「正義」であるかのように主張していることがうかがわれるからです。
実際、事件後、インターネット上には、植松容疑者の考えに賛同したり、その犯行を賞賛するかのような書き込みが少なからず見られます。また、十一月には岡山県で、植松容疑者を模倣したような、障害者施設襲撃を予告する内容の電話による脅迫事件も発生しています。
もうひとつ、私が注目したいのは、植松容疑者が犯行の「理由」として、「世界経済の活性化、(および、それによって)本格的な第三次世界大戦を未然に防ぐことができるかもしれないと考えたからです」としている部分です。
彼は「障害者は不幸を作ることしかできません」と述べて、保護者や施設職員のために「作戦」を実行するだけではなく、「世界経済の活性化」のために、障害者を抹殺する取り組みを、世界に先駆けて日本から始めるべきだと考えています。
このことは、次の報道の内容からもうかがうことができます。
相模原市によりますと、植松容疑者はことし二月一九日、警察からの連絡を受けた相模原市の職員と面談した際、(中略)「世界には八億人の障害者がいる。その人たちにかかるお金はほかに充(あ)てるべきだ」などと話していたということです。(NHKニュース「植松容疑者 措置入院中に『ヒトラーの思想がおりてきた』二〇一六年七月二八日一五時三六分)
「ヘイトクライム」と「優生思想」の二重性
さて、以上見てきたことから、今回の事件にはいくつかの要因が複雑に絡みあっていることがうかがえます。私は、それらの複数の要因を整理すると、この事件の本質には、「二種類の二重性」が潜んでいるのではないかと考えています。
その第一は、「ヘイトクライム」と「優生思想」の二重性です。植松容疑者は、「重度(重複)障害者は安楽死させたほうがいい」という趣旨の考えをもっています。こうした考えに基づいた犯行には、「ヘイトクライム」と「優生思想」の二重の性格があると思われるからです。
ヘイトクライム(憎悪犯罪)とは、民族や肌の色、信仰する宗教の違いなどによる差別を理由とする犯罪のことです。今回の事件は、「障害」という属性(性質)をもった人たちが憎悪の対象となったといえるでしょう。
他方、優生思想とは、人類の「悪質な遺伝」を淘汰(とうた)し「優良な遺伝」を保存することをめざす考え方で、人間の命に優劣をつける思想です。ここでの「優劣」の基準ははっきり決まっているわけではありません。特定の民族が「劣っている」とされたり、ある種の病気や障害のある人が「劣っている」とされたりします。優生思想の恐ろしいところは、それが現実の政治や政策に影響を与える危険性のある思想だという点です。
前述したように、ナチス・ドイツは第二次世界大戦中、優生思想に基づきユダヤ人をおよそ六〇〇万人虐殺しました。そして「生きるに値しない命」として、知的障害者や精神障害者などをおよそ二〇万人抹殺しました。
しかし、これはナチスだけの問題ではありません。優生思想は第二次大戦後も、世界各国で生き延びてきました。たとえば日本では一九四八年制定の「優生保護法」が代表的です(巻末資料に所収)。一部の障害者やハンセン病患者などが子どもをつくれないように、強制的に手術(断種手術)をされました。一九九六年に「母体保護法」に改正されましたが、優生思想的側面が完全になくなったとは言えません。
たとえば、現在も「出生前診断」で胎児に障害があると判明した場合、堕胎手術を受ける例は少なくないといわれます。厳密にいえばこれは違法なのですが、母体保護法の「経済的理由」(経済的に育てられないので)という条文に当てはめて、実質的には母親の希望や医師の裁量などでおこなわれています。
さらに最近では、母親の血液検査だけで簡易診断が可能な「新型出生前診断」も普及する兆候が見られています(『AERA』二〇一六年一〇月三一日号)。
つまり、優生思想は、今の社会にも根深く存在しているということです。
「生物学的殺人」と「実存的殺人」の二重性
第二の二重性として、今回の事件、とりわけ一九人の重度障害者の殺害には、「生物学的殺人」と「実存的殺人」という「殺人の二重性」が潜んでいると私は考えます。
ここでいう「生物学的殺人」とは、一般的な意味での殺人のことです。つまり人の肉体的な命を、物理的に奪う行為ということです。
それに対して「実存的殺人」とは、重度の障害をもつ人の、人間としての尊厳や生きている意味そのものが否定されたということです。
植松容疑者は、障害の重い人たちを優先的に襲ったとみられています。つまり容疑者にとって殺害の対象は「重度障害者」という「属性」をもった人間なら誰でもよかったのです。言い換えれば、彼にとって「重度障害者」は生きる価値がないという意味で「誰でも同じ」だったわけです。
しかし、障害があってもなくても、「(誰でも)同じ人間」などいるはずがありません。一九人の重度障害の人たちには一九通りの人生があり、家族があり、それぞれ異なる具体的な体験があるはずです。
それらがすべて無視され、重度障害者なのだからそもそも生きる意味がない、生きる資格がない、と決めつけられたことを、「実存的殺人」という言葉で表現したいと私は思います。
このように、今回の事件の背景には、二種類の「二重性」が潜んでいるのではないかと思います。
事件の根底にあるもの――「選別」し「排除」する現代社会の論理
それではなぜ、植松容疑者のような考えをもつ人間が現れたのでしょうか。はたして彼だけが特殊で、例外的な存在なのでしょうか。私は必ずしもそうではないと考えています。
前述したように、植松容疑者は衆議院議長に宛てた手紙で、重度障害者を抹殺する理由のひとつとして「世界経済の活性化」を挙げています。つまり、重度障害者の存在は活発な経済活動や経済成長にとってマイナスになる、だから抹殺するのだ、というのが犯行の動機の重要な鍵のひとつだということです。
これは何にも増して、ときには人間の命よりも、経済的な価値を優先させるという考え方です。こうした考えかたが彼の中で生じた背景には、今の日本社会の中に、経済活動を何よりも優先させるという風潮があることが関係しているのではないでしょうか。つまり、人間の価値の優劣を、品物やサービスを生産する労働力や生産効率で決めてしまうという風潮です。
こうした風潮は、大人による労働の場だけでなく、たとえば子どもや青少年が長く身をおく学校教育の場にも「逆流」する危険性があるでしょう。たしかに学校では、直接的に労働力や生産能力が問題になることはありませんが、その代わりに成績や偏差値の高低が、生徒や学生の優劣を決めてしまいます。
つまり、成績や偏差値が非常に低い子どもたちは、まるで存在価値がないかのようにあつかわれたり、自分でもそう思ったりしてしまう。そうした傾向はないでしょうか。なお、植松容疑者は学校教員を志望しつつ、結局それが果たせなかったという経歴をもっていると伝えられています。こうした社会や学校での風潮や傾向が、植松容疑者の考え方に、なんらかの大きな影響を与えたのではないかと私には思われます。
それでは、こうした社会にあって、今回のような事件につながりかねない思想や風潮を克服するために、私たちは何をどう考えればよいのでしょうか。
まず、人が人に抱く「差別意識」とは何かについて、「障害」を念頭において真剣に議論することが大切だと私は思います。
そもそも、障害者に対する差別の問題は、他の差別問題とは異なる面があると思います。
たとえば、人種の違いによって生じる差別意識は、肌の色や骨格や容貌の違いなどによって引き起こされる、なんら本質的な根拠のない「上辺にとらわれた」差別です。女性差別も、一定の肉体的・生物学的な条件の違いはあるものの、現代社会においてもっとも重視される能力である知的能力に関しては男女間に何の差もないため、やはり本質的な根拠はありません。したがって、これらの差別は、少なくとも理論的には、いずれ克服可能な差別だと思われます。
一方、重度の障害者、とりわけ重度の知的障害者への差別とは、現代社会に要求される生産能力(知的能力)の低さに対する差別です。
現代社会で要求される生産能力は、記憶力・情報処理力・コミュニケーション力などに代表される、知的諸能力に基礎をおいています。こう考えると、私たちの中に、重度の障害者への差別は「差別ではない。当然の区別だ」と考える意識が生まれるのではないでしょうか。
しかし、大切なのはここからです。こうした障害者の「(知的)能力の低さ」をどうあつかうかは、障害のない人間どうしでの能力の差をどう考えるかということと、根っこはつながっています。
ここで容疑者の犯行について再度考えてみましょう。たしかに容疑者の考えは極端であり、その犯行は残酷で恐るべきものです。しかし、私たちと容疑者がまったく無関係だとは言い切れないと、私たち自身が心のどこかで気づいてしまっている面があるのではないでしょうか。
容疑者は、重度障害者の存在は経済の活性化を妨害すると主張していました。しかし、こうした考えは、私たちの社会にも一般的に存在しているのではないでしょうか。労働力の担い手としての経済的価値で人間の優劣が決められてしまう。そんな社会にあっては、重度障害者の存在は大切にされず、軽く見られがちです。
でも本当は、障害のない人たちも、こうした社会を生きづらく不安に感じているのではないでしょうか。なぜなら、障害の有無にかかわらず、労働能力が低いと評価された瞬間、仕事を失うなどのかたちで、私たちは社会から切り捨てられてしまうからです。
では、私たちは何を大切にすればいいのでしょうか。人間の能力の差をどう考えればよいのでしょうか。そもそも、人間が生きる意味とは何でしょうか。
こうした論点を真剣に議論する。今回の事件を自分の問題として考える。そうした議論を積み重ねる努力が、障害者を含めて誰もが排除されない社会、孤立した存在を生み出さない社会をめざす営みにつながっていくのだと思います。
文=福島智
※ 寄稿:『生きたかった――相模原障害者殺傷事件が問いかけるもの』(藤井克徳・池上洋通・石川満・井上英夫(編)/大月書店/2016.12)より。